Interview with Jason Wharton on InterBase World

Interview with Jason Wharton
2003 / 4 / 1
2003 / 7 / 1 翻訳版 DelphiマガジンVol.29 掲載
Written by Marina Novikova
on InterBase World (URL http://www.interbase-world.com/)
翻訳:林 務(株式会社アペックス)

 本インタビューは、InterBase World のWebサイトでMarina Novikova氏によって公開されたものを、Marina氏とJason氏の許可によって翻訳したものです。
 Jason Wharton氏はIBObjectsの作者です。IBObjectsはInterBase / Firebirdへのネイティブな接続を提供するコンポーネント群であり、Delphi + BIB/FBの強力なサポーターとなっています。Jason氏はまた、ボーランドによってもたらされたInterBaseの危機に際しては、Helen Borrie氏やMark O’Donohue氏と共にコミュニティを守るために尽力されました。この件は、Helen氏のインタビューで詳しく触れられています。
 Marina Novikova氏はロシアの企業で英文翻訳とテクニカル・ライターをするかたわら、InterBase Worldの管理者をなさっています。Marina氏はInterBase Worldで、毎週のようにインタビューやレビューを更新されているのですが、このインタビューは、技術的なことやビジネスに関することだけでなく、各ゲストの人となりがよく現れていて、私はいつも楽しみにしています。


Marina Novikova: まず、ご自身のことについてお聞かせください。

Jason Wharton: 私はいま32歳で、幸せな結婚をして8年がたち4人の子供たちの父親となっています。私が生まれ育ったのは、アイダホ州の小さな田舎町で、それからユタ州へ、それからアリゾナへ移ってハイスクールの高学年を過ごしました。学校では、大変良い成績を収めていましたが同時にいろんないたずらをしたものです。もっともそれは、私が授業に興味を持って挑戦した時に限ってのことですがね。私は、いろんなスポーツのプログラムにも参加して、いつもたいへん多くのことをやろうとしていました。私はクラスメートにとって大変な競争相手だったと思いますよ。異性との出会いに関して言えば、若い頃は夢も希望もない独身人生でしたが、いつかきっと結婚して家族を持つことができると信じていましたよ。私の自慢の家族についてお話ししなくてはなりませんね。私は、愛と英知をもって家族を導いていける父親、そして夫になるために全力を傾けています。私はまた、人生を神に捧げて、神の摂理の下に生きるために、家族を導いています。

Marina Novikova: 趣味とか普段していることについて聞いてもいいですか?

Jason Wharton: アウトドア関係、そう、私の4輪駆動のチェロキー・ジープでオフロードを走るとか、ハイキング、写真を撮るとかですね。最近は、大変いい望遠鏡を手に入れたので楽しんでいます、どうしたら天の国を見ることができるのかわかってきましたよ。ウエイトリフティングをして、体型を維持しています。子供の頃はよく、友人たちとくだらない遊びをしたものです、彼らにとっては本を読むことよりも私と遊ぶ方が楽しかったようです、どうしてかというと私は気に入ってもらえるならとことん物語を脚色して、みんなを喜ばせたからです。私と妻は週に一回は夜にデートをするので、二人きりで出かけます。私は、夫婦二人きりで過ごす時間をとても楽しんでいます。結婚してからもう8年になりますが、彼女と会うときはいまでも本当にドキドキしますよ。妻は私の元気の素なんです。もちろん、子供たちと一緒に過ごす時間もたくさんありますよ。

Marina Novikova: どんな音楽をお聴きになりますか?

Jason Wharton: いろんなものに興味を持って、何年もの間に好みも変わってきましたからね。80年代のロックンロールバンドが良かったですね。いまは、インストゥルメントで霊感的な音楽をよく聞いています。これまで、憂鬱なメッセージの歌詞をさけてきたんですが、どうしてかというと、けっこう簡単に影響を受けてしまって、人生の中で良かったなあと思える素晴らしいたくさんの出来事を勘違いしてしまうようなところがあるんですよ。自分をポジティブにしてくれて、人々を愛する気持にさせてくれる音楽がやっぱりいいですね。ロマンチシズムに落ち込ませるようなのではなくてね。

Marina Novikova: どんな本を読むのが好きですか?

Jason Wharton: そうですね、歴史の本と科学の本、健康に関するものをよく読みますね。私は、秘伝的で超常的な事柄にとても親しみを感じていて、そういったものが持っている謎にチャレンジするのがおもしろいんですよ。人類はどこからきたのかとか、この世界はどのようにして創造されたのかとか、人類はどんな潜在能力を秘めているのかなど、そういったことをあれこれ考えるのが本当に好きなんです。私がもっとも時間を費やしている書物は私の所属する教会の聖典で、欽定訳聖書 、モルモン書、「教義と聖約」、「高価な真珠」 ですね。他にもこれは名著だと思うものがありますよ、David Wilcock (Diveine Cosmos, Shift of Ages, Convergence III)、Roy Masters(Findig God in Phisics, How Your Mind Can Keep You Well)、J.J.Hurtak(Keys of Enoch, Pistis Sophia, 他)などの本ですね、リストがどんどん増えています。彼らのことが好きな人はどなたでも私に聞いてください。

Marina Novikova: どんなものを集めていますか?

Jason Wharton: そういったことにはあまり興味がありませんね。実際に使わないものを持っていたとしたら、誰かほしい人にあげてしまうのが常です。子供の頃は、ベースボールカードとビー玉を集めてましたけどね。

Marina Novikova: 料理はお好きですか?

Jason Wharton: もちろんですよ、すごいピーナッツバター&ジャムサンドを作りますよ。コーンブレッドとスニッカードゥードゥル とパンケーキを作ったこともありますね。ちょっとした自慢なんです。本当のことを言うと、妻がとっても料理がうまいので、我が家では彼女が全部料理をしていて、私の出番はないんです。

Marina Novikova: どんな食べ物がお好きですか?

Jason Wharton: どんなものでも食べますよ。韓国料理は特に好きですね、宣教活動のために2年間住んでいたことがあって、本当の韓国文化に触れてきました。それで、韓国料理が好きになったんです。

Marina Novikova: ビールは飲みますか?もし、そうなら、お好きな銘柄は?

Jason Wharton: 反抗的なティーンエイジャーだった頃には、時々ビールを飲みましたね。でも、そうしたときはいつも「ビール顔」をしていましたね。どうしてもビールの味が好きになれなかったんですよ。「ショットガン」 をして倒れたときのことを覚えていますよ。クレイジーだったなぁ。でも、おおむね飲むことは無くなりましたね。

Marina Novikova: 大きな夢はおありですか?

Jason Wharton: たくさんのことがありますが、そのほとんどは人生に望んでいるものです、私の作品については多くの人々に使い続けてもらえればいいなと思います。 クリエーターになる前や人生の中で愛する人に出会う前やその他のいろいろなことの前のことですが、偉くなりたいなと思っていました。また、完全なる良心を知るようになって、全力を尽くすようになりました、私たちにとって永遠に共にあるようになること、どんなことでも経験をすることは人類の潜在能力のうちにあることなのです。私は自分自身が取るに足らない存在であることを知っていますが、神と共にあることで、私はすべてを愛することができるのです。私は、それらの完全なる実在の一部となりたいと思っています。また私は自分の惑星か太陽系を創造したいし、あるいはどこかの太陽系を中古で手に入れて、美しく素晴らしい生命体を創造しはじめたいですね。

Marina Novikova: あなたの言っている幸福というのは・・・

Jason Wharton: 自分自身の内に平安であること、自分自身を表現する自由を得ること、充実した目的のために熱心に働くこと。自分を支えてくれる、積極的で創造的な人々に囲まれること、ですね。

Marina Novikova: コンピューターゲームはプレイしますか?プレイしているなら、どんなものが気に入っていますか。

Jason Wharton: あまりやりません。スタークラフト・ブラッドウォーをプレイしたものですが、ああしろこうしろといわれるようなものは好きじゃないんです。私は(訳注:キャラクターを)育成することよりも、ゲームを進めるのためには乱暴になってしまいがちなんです。でも、暴力は家族の間ではしてはならないことです。また、こうも思います。何度も何度も繰り返し無駄なことをするので飽きてしまい、いやになってしまうのです。

Marina Novikova: 旅行はお好きですか?これまでどこに行かれました?

Jason Wharton: 大変好きですね。いろんなところに行きましたよ。韓国には2年間、モルモン教会の宣教で行ってきました。また、カンファレンスと研修をするのでヨーロッパの各国を旅しました、オランダ、ルクセンブルグ、ドイツ、ベルギー、デンマーク、イギリス、そのほかに1つか2つ。妻と二人で2週間にツアーで中国本土へ行きました、長江の船での川下りが5日間あって、上海・趙南 ・西安・北京などにも寄りました。本当に不思議な経験でした。日本にも寄りましたよ。

Marina Novikova: 一日にどれくらいコンピューターを使っていますか?

Jason Wharton: とってもたくさんですね。最低でも12時間、平均では16時間くらいかな。

Marina Novikova: これまでの経験でもっともヘンなことはなんでしょう?

Jason Wharton: 選ぶものがたくさんありすぎますね。私はこの手の話が大好きな手合いなんです。一例をあげると、本当にあったことですが、友人と私が彼の奥さんの大きなステーションワゴンで、砂利の駐車場に入って、外に出ようとして、タイヤが空回りしてしまって、そのためにガソリンを使い切ってしまったんです。ガソリンが切れてしまう頃には、まるでトラクターで耕したみたいに見えましたよ。彼には小さい兄弟の一団がいて、車は本当にぐちゃぐちゃでした、みんなのおもちゃとか読み物とかいろんなものでね、誰も知ったこっちゃ無かったんですが。後部ドアが開いてしまって、私たちをむち打ちようなつむじ風の中で、そこら中のものが吹き飛ばされました。がらくたがそこら中に飛んでいってしまいました。その車のエンジンは大変大きかったので、そこにあるものを全部くれてやってしまったんですね。あまりにひどく長く笑ったので、何日もおなかが痛くなりましたよ。実際、今でも思い出します。今でもおなかが痛くなるくらい笑って涙が出ますよ。本当におかしな出来事でしたね。最終的には何とか外に出ることができて、砂利をかき集めて駐車場を直したんです。丸一日かかってしまいました。

Marina Novikova: 学歴をお聞きできますか?また、どうしてハイテク分野で働こうとお決めになったんですか?

Jason Wharton: 最初は電気関係のエンジニアになったのですが、すぐにコンピューターシステムのエンジニアに転身しました。カレッジには3年ほどいたんですが、中退することにしました。コンピューターがとても好きで、プログラミングに情熱を抱いていたんです。小さな男の子だったころでさえ、夜通し何かのプログラムを作ろうとしていて、母親につかまりましたよ。そのころ書いたものはお話にならないんだけど、それがスタートだったんですね。そう決めたんだ、と確信を持っているわけじゃないんですけど。プログラミングは私の心に深く浸透しました、私にとって自然な表現だったのです。

Marina Novikova: どうして、IBOを書き始めようと思ったのですか?だれか手助けをしてくれる人はいましたか?

Jason Wharton: ここPhoenixのU-Haul Internationalで働いている間、BESTという売れ筋商品の次のメジャーバージョンのために使える製品がないかと調べては推奨するという仕事をしていたんです。たくさんの製品を比較して、DelphiとInterBaseの組み合わせに行き着きました。それまでは、聞いたこともなかったのですが。私には、その二つの組み合わせが完璧なものだとわかりました、それで自分のこれらを使うことに開発者人生を賭けようと決めたのです。上司はすでに、SQL-ServerをバックエンドにしてVisual FoxProを使うことを決めていたのですが、この話をしました、かなり徹底的に話をしましたよ。一度、このとてもよい組み合わせを知ってしまうと、元に戻ることはできないですね、仕方がないので会社を辞めることにしました。それと、私は自分がいいと思ったことが、聞き入れてもらえないということが我慢ならないんですよ。
その後は、独立して仕事をするようになりましたが、すぐにDelphiとInterBaseはうまく統合されていないことがわかりました。この両者を統合して機能させるという可能性は理解できていましたが、そのためには大きな部分が欠けていました。ミドルウェアは両者の利点を最大限に引き出すために必要でした。また、もうひとつ大きく欠けている点に気が付きました、それはクラリスのファイルメーカープロを使っていたのでわかったことですが、ヴィジュアル・インターフェースの機能なんです。私はGUIが大変好きなのですが、それは大きな可能性をもっています、とはいえファイルメーカープロのデータベースはフラットファイル型でパフォーマンスはひどいものだし、不安定で、トランザクションをサポートしていません。それで、私の目的はDelphiとInterBaseを最高度に融合させると言うことと、ファイルメーカープロのいい点を取り入れるということになったんです。

Marina Novikova: もし、競合する人々があなたの考えを無断借用したら、あなたも同じようにしますか?

Jason Wharton: 私は直接の競合相手からそうしたことをしようとは思いません。こうした領域では誠実さと相手を尊重する気持が保たれていると信じています。

Marina Novikova: あなたの開発陣にはどれだけの人々が参加してますか?

Jason Wharton: コミュニティを考慮に入れるととても多くのことをお話しすることになります。継続して雇用しているのはHelen Borrieだけで、他の方は短期間の請負でお願いしています。現在では、サポートや開発の本当に多くの部分がIBOのコミュニティで行われていて、それはコミュニティ全体の努力のたまものといえるでしょう。
バグフィックスのアシストをする人を追加で雇おうと計画しているところなんですが、FirebirdとInterBaseの進歩をサポートする新機能を実装するためにも必要かもしれないですね。

Marina Novikova: InterBaseは多くのクローンが作られています。それらに対してどうお考えですか?

Jason Wharton: 私の感じていることは、多くの人々に選んでもらえるような素晴らしいものを作ろうとして、多くの努力を本当にしているのであれば、全力を挙げてほしいということですね。もし彼らが素晴らしいコード・ベースを引き継ぐことに関心があって、そしていくつかの独自の変更をしたのであれば、売り物になる製品を持っているということになります、それは素晴らしいことです、しかし私はこう思います、もし多くの人々がそれをしだしたら、混乱も多くなるでしょうし、コミュニティや開発者を広げるためにのフラストレーションの源となってしまうでしょう。私として望ましいのは、人々の努力が一つか二つの本当に素晴らしい製品にフォーカスして、それを個人利用するためにちょっとだけ特別な製品を望んでいるその他すべての人々にも選ばれるということです。

Marina Novikova: それらのどれをもサポートされるのでしょうか?(もしそうでないなら、その基準はなんでしょう)

Jason Wharton: それについてそんなに心配しなくてはならなくなると言うことは理解できません。彼らが互いにうまく動くようにちょっとした努力をしてAPIの交換性を保つのであればね。私としてはできる限りのサポートに努力しているので、いつもそうした投資に対するリターンをはかることになるでしょうね。IBOがある何かをサポートするために多くの労力を投じて、もしあまり多くの人々に利用されていないということであれば、IBOにサポートされたいと考えている人々に、私たちよりも頑張ってほしいなと思いますね。

Marina Novikova: Yaffilについて聞いたことがありますか?もし聞いたことがあれば、どうお思いですか?

Jason Wharton: 聞いたことはありますが、特に意見はないですね。個人的には、彼らにはFirebirdの開発陣に参加してほしいなと思いますが、彼らには自分たちのプロジェクトを立ち上げる権利が確かにあると思いますよ。私としては、それがFirebirdやInterBaseと同じように使いやすいものであれば、IBOの制作において支援することを喜んで表明しますよ。

Marina Novikova: IBOはあなたにとって趣味なのでしょうか、それとも生業なのでしょうか?

Jason Wharton: 幸運なことに、私にとってはどちらでもありますね。加えて、私はフルタイムの仕事を続けているんですけどね。

Marina Novikova: 毎日どれくらいの仕事をIBOのためにされているんですか?

Jason Wharton: 進捗状況によってさまざまですね。平均すると、ここ数年間は毎日4~6時間を費やしてきましたね。

Marina Novikova: どうして、ビジュアル及びDB関連のクラスで独自の階層を構築したのですか?どうして、元々のボーランドのアイデアを引き継がないのですか?

Jason Wharton: どうしてかというと、それでは私がやり遂げたいと思っていることが不可能だからなんです。また、仕事を始めたときには使い物になるTDataSetの仮想クラスがなかったのです。

Marina Novikova: ボーランドがFreeIBComponentsを得た後で、どんな反応をしましたか?

Jason Wharton: ボーランドにいらつくことは、私と手を組んで一緒にやろうとしないことなんですよね、それができればほとんどの人々にとってもっとも良いソリューションとなるソリューションが出来て、みんなが勝者となることができるのにね。彼らの財布のひもはあまりに堅いので、いくつかのとても素晴らしい選択肢があるのに見えなくなっているように思います。私の想定していた価格帯は今ではとてもばかげているように思えますが、実際にはとてもいい見返りがあったんだろうなと考えることもよくありますね。私はこの3年間で多くの売上を得ました、それはボーランドがIBOを完全に買い取っていた場合に、私が受け取ったと考えられるよりも多くを売り上げたと思いますよ。私の希望と願いは彼らと一緒に仕事をして、成果を共有し、そのことで悔いが残ったりしないことですね。とはいえ、このことでコミュニティが失ったものについては、いまだに考えることがありますね。

Marina Novikova: それから、競合相手であるFIBPlusについてどうお考えですか?

Jason Wharton: 市場に競合相手がいると言うことは素晴らしいことだと思いますよ。私たちみんながいるようなニッチな市場をより有効に広げていくためにはね。彼らの立場はちょっと難しいとは思います、おなじ一角にいるIBXが立ちはだかっていますからね、とはいえ、彼らもいくつかの差別化に成功しているし、この無料の競合相手に対していくらかの付加価値を生み出していますね。もし、私が彼らだったとしたら、私が作り出したIBOと競合しようとはしなかったでしょうね、私がライセンスするという道もありますが、そうすれば、彼らが貢献を続けている大きなコミュニティにとって福音となったでしょうね。

Marina Novikova: それが本当なら、最初のバージョンのIBObjectsはボーランドのために作り出したことになって、それどころか(訳注:ボーランドに)IBOを与えることはもっと素晴らしいことだったと理解していいのかしら?

Jason Wharton: ボーランドが私にIBOをやってくれと頼んできたことはないですね。

Marina Novikova: Helen Borrieが言っていたんだけど、あなたがいないと大変厳しい状況だったそうです。どうして、支援しようと決められたんですか?

Jason Wharton: 私は本当に、痛切なほど、InterBaseの利点を理解して利用している企業ユーザーに出会いたいと思っています。また、私はDelphiを本当に好きで、Delphiに情熱をもっています。また私は次のよう思います、それは、私は真に大きな違いを生み出すことができるし、今ある製品に対してそれをもたらすことができるということです。私は、また多くの労力をIBOに注いできましたし、それが傷つけられるようなことを見たくはありません。私は熱心にリーダーシップをとってきましたし、事が起こったときはなんとかして取り戻そうとしてきました、Helenへの支援は大変価値のあるものでした。私にとってはこれまで全くなかったことで、他の誰かが彼らの責任で困っているとき援助したりはしませんでした。そしてまた、Helenが私が自分を個人的に支援していると考えているとは思いません、我々すべてが何が起こったのかをすでに知っているのと同様に、我々はそれを協力して行ってきていたのです。

Marina Novikova: 一番つらいのはどんなときですか?

Jason Wharton: 人々がエゴによって争ったり、なんの生産的な目的もないくだらないドラマに没頭しているときが、いちばんつらいですね。すべてが霊性とヴァイブレーションによって包まれていて、それは不健康で、空気中に漂っていて、私はどうやらそれによって影響を受けて打ちのめされてしまうんです。ボーランドの人々には本当にいらいらさせられましたし、新会社設立の努力についても同様です。このようなことを目にするとき、バラバラになってしまって、人々は結局隅へ追いやられてしまうのです。

Marina Novikova: 英語でIB/FBの本をお書きになりませんか?

Jason Wharton: やることが多すぎて、例外にできるものがないんです。これまで本を書いたことはありませんが、心にとめておいて、やらなければいけないことだと思っています。

Marina Novikova: 五月に行われる初のFirebirdカンファレンスに期待することはおありですか?

Jason Wharton: とてもめでたいイベントになることを、そして、親しい友人たちや直接会ったことのない仲間たちが、それぞれの交わりからようやく一つになること、Firebirdを取り巻いている努力の多くのエネルギーを作り出すのと同じくらい、人々のつながりが深くなること、そんなことを期待しています。一番楽しみなのは、大いに笑い、抱き合って、思い出話ができることですね。

Marina Novikova: InterBase Worldのコミュニティになにかご要望はありませんか?

Jason Wharton: 平安のうちにありますように、あなた方の心が繁栄と幸福の上にありますように、あなた方の勤勉さが達成されますように。私は学びました、私たちが(訳注:神のように)完全に話す事ができるようになり、あなたの話すことの意味を知ったとき、言葉が世界を形作りました。私はこのコミュニティのうちにあり、それはとても大切なものであり、また、私たちが生きかつその一部である世界のうちにあります。私はこう思います、私たちは周囲のすべてに手を伸ばして、背後にも目をやり、私たちがコミュニティに対して行っているように、この世界にも貢献しているのだということを知るべきです。


旧Firebird日本ユーザー会サイトから移行した過去記事です。内容は当時の記録です。記事内のリンクなどはリンク切れなどにご注意ください。

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How InterBase came to be

How InterBase came to be

-InterBaseはどのようにして生まれたか-

by Ann Harrison (翻訳 林 務)

 

InterBaseの草創期について、その生みの親以上に描写することができる者がいるだろうか?幸運なことに、Jim Starkey と Ann Harrison はこの輝かしい日々の記憶を共有しようとしていた。IBMがIT世界のルールであり、Microsoftはちっぽけな会社に過ぎなかった。「真のプログラマはPascalを使わない[i]」といわれていた。

 

Ann HarrisonによるInterBaseの始まりの回想

 

InterBaseはシャワーとともにはじまった。米国マサチューセッツ州グロトンのReedyMeadow通り297番地で、青いタイル貼りのシャワールームだったとはっきり覚えている。そこで、シャワールームの窓越しに森を見ていてた時、Jim StarkeyはInterBaseにつながる「ユリイカ!」[ii]を得たのだ。

 

70年代中期にDECに引き抜かれたJimにとって、それはリレーショナル・データベースのコードを書くチャンスだった。しかし、商用システムにとってはネットワーク・データベースのみがサポートされると広く信じられていた。この誤解を振り払うのに4年間を費やしている間に、JimはDatartrieveをデザインしコードを書いた。それは、フラット・ファイル・データベース[iii]とDMBS-32上で動作するリレーショナル・クエリー言語だった。Datatrieveのユーザーはよりフレキシブルで、同時並行動作の制御に優れ、原子性[iv]のあるトランザクションを兼ね備えたシステムを求めていた。

 

DECが最終的にリレーショナル・テクノロジーを取り入れる決定をした時に、JimはまだDatatrieveに取組んでいたので、別のグループが後にRdbになるシステムをデザインし始めた。彼らは、「リレーショナル」と「データベース」の意味について論じ合った。彼らは、一貫性の度合い、ロッキングの意味、シャドーイングのテクニックに関してすばらしい議論を持ち、文献を調査した。しかし、彼らはコードを一つも書き始めなかった。

 

シャワーとシャドーイング

 

Jimはイライラしてきて、シャドーイングについてコードを書き始めた。それは、彼にとって更新をブロックすることなく反復的読み取りを提供する方法であるように思えた。そして、ある朝シャワーの中で、彼はシャドウがまた、更新の衝突を防ぎ失敗したトランザクションを取り消すことをもまた、可能にすることを理解した。マルチ・ジェネレーション・データベースは、シャワーの中にそれ自身の姿を現したのだ。

 

興味を引き付けられて、Jimはjrdと呼ばれたデータベースの仕事を真剣に開始した。DECの経営陣は二つのリレーショナル・データベース・プロジェクトがあることを発見した。そのうちの一つがjrdであった。データベース戦争が勃発した。

 

それは暗い年月であった。血なまぐさい政治と誹謗中傷メールの嵐だった。Jim、Don DePalma、そして私はもっと良い方法をとる事を決心した。私達は、地方のワークステーション販売会社のアポロ社が自社ブランドのデータベースを欲しがっていることを知った。アポロ社の経営陣はjrdのモデルを評価してくれたので、Jimは(自宅の)2階のスペアルームへ移り、コードを書き始めた。最初の投資は快適なイスとデスクとしても使える持ち上げ式ドアのキャビネット2つ、締めて243.5ドルであった。 

 

私たちが交渉を開始してから8ヵ月後に、アポロ社との契約が交わされ、資金が入ってきた。Donと私は、とてもとても暑い2階のスペアルームでJimに合流した。Jimはコードを書き、Donはマニュアルを書いた、私はその他の全てのことをやっていた。猫がコンピューターの上で寝ていて、猫の抜け毛とフケが全てのマシンに降りかかっていた。アポロ社の清掃要員が毎週やってきては掃除機をかけていった。

 

Dave Rootがアポロ社を辞して4番目の創立者となった。どんな会社でも一人は正気の大人が居ないといけない。私たち4人はスペアルームにあふれてしまったので、この会社はバルコニーへ溢れ出した。

 

私達は顧客と顧客になる可能性のある人々を持つようになったので、ミーティングとメールでのやり取りを開始した。応接室はコピー室兼郵便室となり、リビングルームは会議室となった。私達はキッチンで食事を作り、ダイニングルームで食べた。珈琲ポットはバスルームの私のシンクの脇に置かれた[v]。私達はもはや家で働いているのではなく、仕事のうちに生活していた。

 

その年、ドライブウエイは木々に沿って曲がりくねり、凍っていて、サーブにとってはソリで走っているようなものだった。1月には、アポロ社以外のはじめての顧客がカリフォルニア州サンタバーバラからやってきて、前庭に滑り込んで、なんとかまっすぐに立っていた。とにかく、彼は契約を交わしてくれた。

 

グロトン・データベース・システムは家を追い出されたので、クリーニング屋の上のオフィスへ移転した。私はようやくバスルームから出ることができた。

 

「グロトン・データベース・システム」というのは、霊感を受けた名前だ、それは商標検索に引っ掛からない名前を探すことに私たちが失敗したことに端を発していた。私達はナイーブな新興企業家だったので、いつも名前のことを考えていた。私達は弁護士に「これでいい?」とたずねたものだが、後になって知ったところでは、そういう場合は「この名前を使って問題が起きたら弁護してくれる?」と尋ねるのが正解らしい。それほどに洗練された知識の下に、私達はシステムの名前をInterBaseへと変更した。それは、電話で「Rrrotten Database Systems」と応えた人がいたのでますますそうしようということになった。

 

コンセプト:簡単なこと

私達は何をしようとしていたのか?何かの邪魔になったりしないリレーショナルデータベースを作ること。一つには、インストールが簡単であること、管理が不要か殆ど必要ないこと、出来ればアプリケーションの内部で動作すること。

 

私達は皆、ネットワーク・データベースの経験を有していた。IDMS、Seed、DMBS-32。ネットワーク・データベースを使うためには、チューニングを心から愛さなくてはならないし、微調整をし、勉強をし、データベースを文字通り愛玩しなくてはならない。InterBaseは、真の仕事に取り掛かりたいと思っている私たちを休ませてくれるのだ。

 

履歴型アーキテクチャ-Jimのシャドーイングから得たユリイカ-は、他のデータベースが足をすくわれている問題を解消した。他の誰かが同じデータを更新している間に、大量の一貫性のある報告書を作成しようとするための読み取りが可能である。トランザクションのロールバックは単純だ、クラッシュからの復旧ですら自動的にできる。

 

クラッシュからの復旧は必須の要素だ。なぜなら、私達は会計・販売・コード管理・その他全てのことを、つまり会社をInterBaseによって運営しているからだ。電気的な故障は日常的に起こりうる、電気の使いすぎにしろ、夏の雷雨にしろ、電源コードを足に引っ掛けてマシンの電源が抜けてしまうというアクシデントだって起こりうる。データベースの復旧は私たちにとっても、どの顧客にとっても重要なことだった。

 

InterBaseは大変良い製品で、顧客の殆ども大変喜んでくれていた。私たちの会社は成長して、社員は7人となり、今ではドーナツ屋になっているかつてのクリーニング屋の上の2つの続き部屋へと拡張された。私たちのところにやってくる保険屋さんはドーナツ屋を毛嫌いしていたが、クリーニング屋の臭いに比べればまだましだった。

 

独自の魅力

ある場所には、それ自体に独自の魅力というものがある。あちこちで、床が気になるほど沈んでしまっていたり、誰かがそこに乗ると軋んだりすることがある。四角い角が一つも無いとか。私達は大変多くのコンピューターを所有していたので、そしてもちろん最近のものよりも古いコンピューターほどより大きくて発熱するものだから、私達は一年中エアコンをつけっぱなしにしていた。春と秋にはエアコンが凍り付いてしまうので、私達はヘアドライヤーをいくつか持ち出して氷を溶かして、なんとかまた涼を取れるような感じだった。

 

冬に入って数ヶ月経った後に、ガス会社がおよそ350ドルの請求書を送りつけてきた。私達はガスよりもよほどコンピューターによって暖を取っていたので、それまで私たちへの請求額は1ドルから2ドルのあいだだった。マス・ガス社は、私たちがガスを盗んでいると確信していた。彼らは、メーターを2回も交換したのに、まだ信じられないほど低い値をメーターから読み取るばかりだった。結局、検針員が私たちのオフィスへやってきて、コンピューターが大変な熱を発しているのを見て、納得して帰っていった。

 

顧客がたいていは大会社だったので、私たちのような大変小さな会社を扱うのになれていなかったため、私達は購買部門と未払金に関してやりあわねばならなかった。いくつかの会社では、「サポート更新」とラベルした品物[vi]の請求書を箱で送り付けなくては支払してもらえなかった。私には、これらの会社がどうやって電話料金の請求書のルールを曲げているのか想像もつかない。

 

私たちの顧客の一つに米国陸軍フード・サービスの目立たない係があった。彼らのプログラマーがトレーニングコースを希望していた。私達は地方のホテルの会議室を借上げ、見栄えの良いような格好をしていた。二人の男性が到着して、受講料をトラベラーズチェックで支払った、しかも外国人旅行者のトラベラーズチェックでだ。彼らは、自身の役割について何も語らなかったし、軍隊の物資供給を満たすための彼らの役割についてさえ話そうとしなかった。ほとんどなにも。

 

製品を見栄え良く見せかけることは、私たちがもっとも苦手とするところだった。Donは最終的にJimを説得して、私たちのユーティリティソフトウエアを「成功のためにドレスアップする」ことにした。ダッドリー(DDL用ユーティリティ)、バープ(バックアップ・レストア・ユーティリティ)、アリス(その他用途のユーティリティ)という名前がそれぞれに付けられた。訪問客が予想される時、私達は努力を払ったが、それは特に深くというわけではなかった。銀行員が、私が何とかしようとしていた備品向けローンの件で訪問してきた。銀行員は目端が利いたので、わが社にある全てのコンピューターを指摘して言った、一つとして2年以上経っているものはなかったが、「全てが時代遅れである」と。もちろん、他にも銀行はいくらでもあった。[vii]

 

サポートの重要性

サポートは私たちの仕事の上でもっとも大事な部分であった。企業がデータベースを買う時に、それはソフトウエアのコスト以上の投資をすることであるといえる。口コミは私たちの最大の広告であって、私達は顧客の成功のために働いていた。殆どの疑問は電話で解決することが出来た。

 

カリフォルニアの航空宇宙産業の大きな企業が問題を抱えた時、私達はその問題をリモートで診断することが出来なかった。レコードがデータベースから消えてしまう、ランダムに、そしてそれがしょっちゅう起こるのだ。顧客のエンジニアは彼のプログラムのせいではないと確信していた。彼は、そのことに人生をかけても良いと言った。Jimはソース・キットとともに顧客の下へ飛んで、デバッグ用システムを構築し、DELETE文から戻ってくる問題を追跡した。この企業は重要な顧客となったが、にもかかわらず購買部門の意見では我々はちっぽけで当てにならないのだそうだ。

 

現在でもある企業が、InterBaseの立ち上げ時のようにする事が出来るだろうか?恐らく出来ないだろう。リレーショナル・データベースを「ビルド」する会社などとんでもない。要求されることはどんどん増えてきているにも関わらず、価格は逆に下落していった。私達は1986年には、少々のコマンドラインツールをつけてデータベースを数千ドルで販売することが出来た。現在では、顧客はデザインツール、分析ツール、RADツール、管理ツール-それら全てが優れたGUIを兼ね備えているような-のパッケージを期待している。しかも、それらを100ドル以下で手に入れようと考えているのだ。

 

InterBaseはそれ自身の収益で5年間成長を続けて、投資家と出会う前の私たちにいくつかのビジネス上の経験をもたらしてくれた。市場が十分に大きい場合ですら、事業を成立させるために十分な顧客の注目を得ることは、大きな資金を必要とする。投資家-又は大きな信託基金-の援助無しに事業を開始することは、今日では絶対に不可能だ。その場合にも、金融資産を持つ企業は自力の[viii]企業よりましである。

 

Sybaseはグロトン・データベース・システムの時代に、幾百万のベンチャー・キャピタルのうち十幾つかに見出された。Sybaseはより多くの圧力を受け、より多くのソフトウェアを売った。しかし、私達はたくさんのファンを得ていた。ラッキーだったなと、私は思っている。

 

 

 


[i] 原題は「Real Programmers Don’t Use PASCAL」です。http://24.161.189.7/notes/pascal/e.html に原文、http://24.161.189.7/notes/pascal/j.htmlに日本語訳があります。

[ii] なんでシャワーなのかというと、アルキメデスが浮力の原理を発見した時に「ユリイカ!」(我発見せり)と叫んで風呂から裸で飛び出していったと言う有名な話に引っ掛けたのでしょう。

[iii] フラットファイル・データベース:1テーブル1ファイル構成のDB。今でも利用されています。

[iv]全てが完全に実行されるか、処理が中断された場合、元の状態に戻るという意味です。

[v] 後でも同様の記述がありますが、どうやらAnn氏はバスルームで仕事をしていたようです。でも、一体どうやって?(^^;

[vi] 原文は materials labelled “support renewal.”何かのモノにラベルを貼って送ったのでしょう。

[vii] この銀行は融資をしてくれなかったようですが、他の銀行から借りられたんでしょうかね?

[viii] 原文ではbootstrap companiesとあり、自己・縁故による資金調達を意味します。


旧Firebird日本ユーザー会サイトから移行した過去記事です。内容は当時の記録です。記事内のリンクなどはリンク切れなどにご注意ください。

過去記事掲載時URL(閉鎖予定):http://tech.firebird.gr.jp/firebird/index.php?firebird_xsite=34

Interview with Ann Harrison

Interview with Ann Harrison
2003 / 1 / 12
2003 / 5 / 1 翻訳版 DelphiマガジンVol.28 掲載
Written by Marina Novikova
on InterBase World (URL http://www.interbase-world.com/)
翻訳:林 務(株式会社アペックス)

 本インタビューは、InterBase WorldのWeb上でMarina Novikova氏によって公開されたものを、Marina氏とAnn Harrison氏の許可によって翻訳したものです。
 Ann Harrison氏はいわずと知れた、IBPhoenix社の社長です。InterBase / Firebirdの生みの親として、今も先頭にたって開発陣を引っ張っています。
 Marina Novikova氏はロシアの企業で英文翻訳とテクニカル・ライターをするかたわら、InterBase Worldの管理者をなさっています。Marina氏はInterBase Worldで、毎週のようにインタビューやレビューを更新されているのですが、このインタビューは、技術的なことやビジネスに関することだけでなく、各ゲストの人となりがよく現れていて、私はいつも楽しみにしています。
 会話の内容を損なうことなく、うまく語感をお伝えすることができれば幸いです。


Marina Novikova: ご趣味は何でしょう?

Ann Harrison: セーリング(訳注:ヨットの)ね。私と夫(訳注:Jim Starkey氏)は、36フィート(11メートル)のボートを持っているので、六月から十月までの週末はほとんどこれに時間を費やしているのよ。

Marina Novikova: どんな音楽がお好きですか?

Ann Harrison: アシッド・ロックとロックの影響を強く受けているブルースね。

Marina Novikova: お好きな本(作家)はどんなものですか?

Ann Harrison: アンソニー・ポール(”Dance to the Music of Time”)、ジョセフ・コンラッド(”Lord Jim”) ゴア・ビダル(歴史物フィクション)、パトリック・オブライエン(どれもいいわね)。

Marina Novikova: 今までにもらったプレゼントで、一番変わったものだったなと思うのはどんなものですか?

Ann Harrison: 私の姉が以前に一度、乾燥して扁平なヒキガエルを送ってきたことがあったわね。彼女が言うには、私に見立てて送ったわけじゃないそうだけど、本当かしら。

Marina Novikova: これまでで、もっともエキサイティングな時というのはどんな時でした?

Ann Harrison: 恋に落ちるっていうのは天にも昇る気持ちになるものよ。でも、そんなにしょっちゅうすべき事ではないわね。

Marina Novikova: どんなことをするのがお嫌いですか?

Ann Harrison: お金のことを聞いて回る事ね。

Marina Novikova: イライラしたりするのは、周りの人がどんなことをしたときですか?

Ann Harrison: アホらしくて中身のないおしゃべりね。

Marina Novikova: 自由に使える時間をどう過ごしていますか?

Ann Harrison: 自由に使える時間って?(訳注:そんなのあるの? って感じでしょうかね)

Marina Novikova: 大きな夢はありますか?

Ann Harrison: オープン・ソースのデータベースがOracleを打倒する事ね。

Marina Novikova: ジャーナリストがいつも質問すると思いますが、もっとも多い質問はなんでしょう?

Ann Harrison: どのようにしてInterbase/Firebirdに関わるようになったのですか? かな。

Marina Novikova: 学歴をお聞きしても良いですか?

Ann Harrison: 比較文学の学士号を大学で取りましたよ。さあどうぞ、19世紀後半のフランスの詩が20世紀初頭のアメリカの詩にどんな影響を与えたのか聞いてご覧なさい。

Marina Novikova: プログラミングに最初に興味を持ったのはいつの頃のことですか?

Ann Harrison: 興味を持った? そんなことはなかったと思うわね。私は職業についただけなのよ、DECがPDP-11向けに売っていたCOBOLのコンパイラーが出してくるバグレポートの点検から始まったのよ。それから、まあまあデータベースに夢中になったんだけど、プログラミングの技巧に燃えたことはなかったわ。

Marina Novikova: 一番最初に書いたプログラムはどんなものでした?

Ann Harrison: 実際のところ、まだ書いたことがないのよ。つまらないちょっとしたテストプログラムやロードプログラムを除いてね。私の専門は、ずっとバグを見つけて修正することなの。通常、バグを直すということは、問題のあるコードをいくつか除いて、それをよりましだと考えられるより少ない数行と置き換えるということになるわね。そう考えると、私の仕事っていうのはプログラムを削ることなのかもしれないわね。

Marina Novikova: Firebirdの開発を継続すること(新バージョンや新機能の追加、その他)と、IBPhoenixの顧客に対してコンサルティングとサポートを行うこと(私の考えでは、IBPhoenixはInterBaseの顧客をもサポートしたいと思っている)のどちらがより重要な仕事だとお考えですか? ご意見を伺いたいのですが。

Ann Harrison: 私たちは、コンサルティングとサポートのビジネスをFirebirdを開発する上での収益源として行っているの。実際のところ、私たちはドキュメントやビルド用キット、テストキットなどの、重要な製品が満足に出ていないので、それを何とかしようとしているところよ。

Marina Novikova: 一貫したサポートが提供されない(製品の開発が続けられることを誰も保証してくれない)ということで、オープン・ソースプロジェクトに否定的な態度を取る人もいます。

Ann Harrison: そういった人々は経験がないのね。商用の製品はいつでも「見捨てられて」きたわ。ソースコードが利用可能で、世界中の開発者がその上で経験を積んでいるということは、けっしてその製品が死ぬことはないというのが事実でしょう。

Marina Novikova: それから、管理者の中には、オープン・ソースだとハッカーがソースコードを分析することができるから、サーバー中のセキュリティ・ホールを発見されてしまい、セキュリティ上無力だと考えている人たちもいるようですが。

Ann Harrison: セキュリティの専門家たちはみんな言ってくるけど、秘匿することはセキュリティではないのよ。システムをセキュアに保つためには、多くの人の目にそれをさらして、全ての問題を見つけては直すということしかできないのね。私たちがやっているようにね。

Marina Novikova: Fireibrdの開発をしている中で、もっとも困難な問題に直面したのはどんな時でしたか?

Ann Harrison: 一番最初ね。私たちは、経験を積んだ開発者のいる会社を持てるということと収益が確保できるということを期待していたのよ。でも、ボーランドが手を引いてしまって、開発陣を引き上げて、収益もなくなって、製品名も取り上げられてしまったわ。幸運にも、Mark O’Donohueとその他にも何人かソースコードに手を入れたいと思ってくれて、それでFirebirdを立ち上げることができたのよ。

Marina Novikova: ボーランドとIBPhoenixについての話ですが、より楽しかったのはどちらでしょうか?

Ann Harrison: 私はボーランドのために働いたことはないわ。私はもともとのInterBaseソフトウェアカンパニーにいて、とてもいい仲間たちと働いていただけ。一方で、いまFirebirdの開発をすすめている開発陣は、私がずっと仕事を一緒にしてきた、二人の双肩にとりわけかかっているのだけど、そのうち一人は私の夫よ。

Marina Novikova: どこにいると落ち着きますか? また、それはどうしてですか?

Ann Harrison: IBPhoenixね。私はInterBaseソフトウェアの社長になったのだから、自分だけの将来だけに関心を持つのではなくて、六十人の従業員全ての将来に関心を持たなくてはならなかったわ。いつも何らかの危機があって、エアコンの吹き出し口から毒ガスが吹き出したり(もちろん、毒ではなかったかもしれないけどね。それにガスでもなかったかも。でも、本当にすごいニオイだったのよ)、ある従業員が別の従業員にFedExの三日後配送で八月に魚の頭を送ったのよ、くさい話ね、それから銀行や、顧客や、営業部隊のこと・・・。

Marina Novikova: 私の知っている限りでは、Firebird 基金は全ての開発者に補助金を与えているわけではないですね。アクティブに活動していても補助金を得られないという人が不満を感じていると思いませんか?

Ann Harrison: Firebird 基金は資金援助を得るのは誰かを決定するための委員会を持っているわね。彼らは、よりクリティカルな部分や、主要な部分で作業をしている人たちより日の当たらない部分で作業をしている人たちに補助金を与える傾向があるようね。IBPhoenixはどんな開発者もサポートしていないのよ。ドキュメンテーションとテスト、ビルドキット、その他のつまらない部分だけ手がけているの。ほとんどの開発者は、そのことを理解して一緒にやってくれていると思っているわ。

Marina Novikova: Linux Todayのインタビューの中で、FirebirdチームはInterBaseの以前のバージョンとの交換性をサポートするつもりだと発言されました。他方で、ボーランドの追加した機能(例えばInterBase7でのgds32.dllの内部的な変更とか)はサポートするのが難しいと思います。これについてはどうしようと思っていますか?

Ann Harrison: 迷惑なことだけど、驚くようなことではないわね。ボーランドは、すばらしい技術者のより多くの仕事によって、アドバンテージを得る機会があったのよ。InterBaseとFirebirdが共同作業をすることができていたとしたら、ボーランドはより多くの開発ツールを売ることができたでしょうし、データベースビジネスの堅実な(そして収益の上がる)部分を保ち続けることができたでしょうね。そうなっていれば、技術的にも資金的にも得るものがあったと思うわ。でも、彼らは状況を見ずに、秘密主義の開発ポリシーを続けているのよ。

Marina Novikova: Yaffilやその他の同様のプロジェクト(実際のところに商用のものもあるわけですが)についてはどう考えていますか? それらが、あなたの労働を利用してお金を得ていることは倫理的に問題だと思いますか?

Ann Harrison: 第一に、それは私の労働というわけではないわね。第二に、IPLの元での開発では、私はIBSurgeonのような、その一部としてデータベースエンジンを埋め込んでいる商用製品を許可するのに大変注意を払ってきたわ。第三に、私の目標とするゴールは、人々のデータベース・マネジメントに対する考え方を変えること、それはとても高いコストがかかることではないし、どんなソフトウェア・エンジニアリング・プロジェクトでも基盤となるべきものだということを知ってもらうということなの。そして、それに沿って考えると、OracleとSQL Serverをぶっつぶすことだといえるわね。それから、私は自分がオープンソースソフトウェアをとても好きになってしまったことに気づいたのよ。私のこれまでの20年間のキャリアの中で、競合するデータベース・システムに関わっている人たちとは誰とも大っぴらに話ができなかったの。この種の分断は技術の進歩をひどく制限するわ。IPLは、独占的コードとInterBase/Firebirdのコード間のインターフェースについて公開することを求めているわね、その結果として開発している組織の外に配布されることになったとしてもね。Yaffilの開発陣は彼らの製品を変更する完全な権利を保持しているけど、それは彼らのインターフェースを公開する限りにおいてね。個人的には、彼らはコードを全て公開しないことによって本当の機会を失っている、と思うわ。同じメッセージの全てに対してバグレポートやパッチをもらうことができないのですからね。


訳注:Yaffilはロシアを中心にして開発されている、さらにもう一つのInterBaseです。Ann氏の発言からすると、半クローズドな開発体制を取っているようです。「ようです」というのはサイトがロシア語なので筆者の手には負えません。URLを以下に示します。http://yaffil.ibase.ru/


旧Firebird日本ユーザー会サイトから移行した過去記事です。内容は当時の記録です。記事内のリンクなどはリンク切れなどにご注意ください。

過去記事掲載時URL(閉鎖予定):http://tech.firebird.gr.jp/firebird/site_rsrc/images/92/interview_ann_harrison.html