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Firebird 2.5 リリース間近!

ユニバーサルでオープンソースなデータベースが今ココに: SourceForgeのコミュニティアワードを受賞したFirebird の最新リリースバージョン 2.5 は、パワフルで多機能なデータベースですがさらに機能を追加して、素晴らしいパフォーマンスとともにリリースされます。世界中の100万を超す開発者の皆さんに、より速く、スケーラブルで、堅固なアプリケーション構築をお約束いたします。

MindTheBird! は、Firebird のコミュニティが主導するキャンペーンです。主な目的は Firebird 2.5のラウンチをサポートすること、また、世界中のIT関連のメディアやオープンソース支援者、エンドユーザーに対して Firebird の注目度を高めることです。 

MindTheBird! はメッセージのフレームワークやマーケティング資料、Firebird のエンドユーザやジャーナリスト、ライバル達に対してもガイダンスを提供します。私たちはこの大変重要なキャンペーンを通じて、全ての開発者と支援者の輪を広げて行きたいと思っています。

Firebird のエバンジェリストになって下さい。私たちのWebsiteを見渡して頂ければ、Firebirdのために何が出来るのかおわかりになって頂けると思います。

Mind The Bird! 本家サイトはこちら


旧Firebird日本ユーザー会サイトから移行した過去記事です。内容は当時の記録です。記事内のリンクなどはリンク切れなどにご注意ください。

過去記事掲載時URL(閉鎖予定):http://tech.firebird.gr.jp/firebird/index.php?firebird_xsite=128

OSC2010 Kansai@Kobe

OSC初の神戸開催にFirebird日本ユーザー会はブースを出展します。
近隣の方は是非、足を運んでみてください。
日程:2010年3月13日(土)10:00-18:00
会場:神戸市産業振興センター  [アクセスマップ] [神戸駅からの最短マップ・ランチ場所]
(JR「神戸」駅より徒歩約5分/阪神電鉄「西元町」駅より徒歩約6分 / 神戸高速鉄道「高速神戸」駅より徒歩約8分 / 市営地下鉄海岸線「ハーバーランド」駅より徒歩約5分)

費用:無料

内容:オープンソースに関する最新情報の提供
・展示 – オープンソースコミュニティ、企業・団体による展示
・セミナー – オープンソースの最新情報を提供

主催:オープンソースカンファレンス実行委員会

共催:地域ICT推進協議会(COPLI)
財団法人神戸市産業振興財団

後援:兵庫県
神戸市

企画運営:株式会社びぎねっと

OSC2010 Tokyo/Spring

今年最初のOSC東京開催となります。場所は例年と違い明星大学(多摩モノレール沿線)なので、ご注意ください。遊資によるブース展示と、2/27(土) 13:00からは、はやしさんによるセミナーFirebird2.5がやってきた!~MySQL、PostgreSQLとのパフォーマンス比較~がありますので、ご興味があるかたは是非チェックしてみてください。
日程:2010年2月26日(金)・27日(土) 10:00-17:00 (26日の展示は11:00から、27日の展示は16:00まで)
会場:明星大学 日野キャンパス 26号館(多摩モノレール 「中央大学・明星大学駅」から大学まで直結。会場まで徒歩5分)
[アクセスマップ] [キャンパス案内] [OpenStreetMap]
(ご来場の際は公共交通機関をご利用下さい)

費用:無料

内容:オープンソースに関する最新情報の提供
・展示 – オープンソースコミュニティ、企業・団体による展示
・セミナー – オープンソースの最新情報を提供

主催:オープンソースカンファレンス実行委員会

協賛:明星大学
明星大学 情報学部

企画運営:株式会社びぎねっと

OSC2010 Ooita

今年最初のOSCとなります。場所は九州大分です。ユーザー会林さんによるFirebird2.5がやってきた!~MySQL、PostgreSQLとのパフォーマンス比較~
も15:15からありますので、お近くの方は是非チェックしてみてください。
日程:2010年1月23日(土) 10:00-17:00
会場:大分県消費生活・男女共同参画プラザ「アイネス」 2F
大分駅から約15分、またはバス約5分
駐車場10台(1F、有料)※周辺の有料駐車場もご利用できますが、できるだけ公共交通機関のご利用ください。
費用:無料
内容:オープンソースに関する最新情報の提供
・展示 – オープンソースコミュニティ、企業・団体による展示
・セミナー – オープンソースの最新情報を提供

主催:オープンソースカンファレンス実行委員会
大分県オープンソースソフトウェア研究会

共催:財団法人ハイパーネットワーク社会研究所

後援:大分県
大分県教育委員会

企画運営:株式会社びぎねっと

OSC2009 Fukuoka

12月5日(土)に開催される、OSC2009 Fukuokaにも参戦いたします。こちらでも、はやしが「Firebird2.5がやってきた!~MySQL、PostgreSQLとのパフォーマンス比較~」(15:15~16:00)と題してセミナーを行います。お近くの方はぜひお越し下さい。
日程:2009年12月5日(土)10:00-18:00

会場:九州産業大学 情報科学部棟(12号館)   [アクセスマップ]
(JR鹿児島本線「九産大前」駅下車/徒歩約1分)
(西鉄バス 「天神中央郵便局前」「天神バスセンター」から都市高速経由で約20~30分
「産業大学南口」「産業大学前」下車/会場まで徒歩約5分)-[バス詳細]
※一般用の駐車場がないため、お車でのご来場はご遠慮ください
費用:無料

内容:オープンソースに関する最新情報の提供
・展示 – オープンソースコミュニティ、企業・団体による展示
・セミナー – オープンソースの最新情報を提供

主催:オープンソースカンファレンス実行委員会

共催:(財)九州先端科学技術研究所
九州産業大学情報科学部
九州地域イノベーションパートナーシップ 九州ITパートナー事務局事業

企画運営:株式会社びぎねっと

OSC2009 Kochi

さらに、初開催のOSC高知にも参加しちゃいます。こちらは、はやしが「Firebird2.5がやってきた!~MySQL、PostgreSQLとのパフォーマンス比較~」と題してセミナーを行います。12:05~12:50とお昼休みにかかりますが、お近くの方はぜひお越し下さい。

日程:
2009年11月14日(土)10:00-16:40
会場:
高知市文化プラザかるぽーと(中央公民館9F,11F)※受付は11F
 [高知空港、高知駅からのアクセス]
(土佐電鉄「菜園場電停」から徒歩3分。「はりまや橋電停」から徒歩5分。
「高知駅(高知駅前電停)」から車で5分。)
費用:無料
内容:
オープンソースに関する最新情報の提供
・展示 – オープンソースコミュニティ、企業・団体による展示
・セミナー – オープンソースの最新情報を提供
主催:
オープンソースカンファレンス実行委員会
共催:
情報処理学会四国支部(第1回四国オープンソースセミナー)

企画運営:株式会社びぎねっと

関西オープンソース2009

今年もKOFこと関西オープンソース2009 に参加します。木村理事長が「帰ってきた!オープンソースデータベースを選ぶ理由!! 」(11/7 11:00~ (50 min) [ 会場 : 9F-セミナールーム3 ])と題したセミナーも行います。お近くの皆様、ぜひご参加下さい!
会期2009年11月6日(金)13:00~18:00
2009年11月7日(土)10:00~18:00会場大阪南港ATC ITM棟 6F マーレギャラリー(受付・展示会場)
〒559-0034 大阪市住之江区南港北2-1-10
会場までのアクセス方法入場料無料(懇親会は実費)主催関西オープンフォーラム共催関西ネットワーク相互接続協会 (WINC)
Software Engineers Association (SEA)
日本UNIXユーザ会 (jus)
(財)大阪市都市型産業振興センター ソフト産業プラザ イメディオ
後援総務省近畿総合通信局
経済産業省近畿経済産業局
大阪市
京都市
神戸市
大阪商工会議所

OSC2009 Tokyo/Fall

OSC2009 Tokyo/Fall本日開催です!本日はブース出展のみ、明日は14時からの無料セミナーもあります!

OSC2009 Tokyo/Fallにも引き続き出展いたします。両日ともブースの展示を行い、10月31日(土)14時からは林がセミナー(Firebird2.5がやってきた!~MySQL、PostgreSQLとのパフォーマンス比較~)を行います。皆様お誘い合わせの上、お立ち寄り下さい。

※ブースのお手伝いを頂ける方募集中です。(このサイトのPrivateMailからご連絡下さい)

日程:2009年10月30日(金)・31日(土) 10:00-17:00

会場:日本工学院専門学校 蒲田キャンパス 12号館 (JR蒲田駅・西口より徒歩3分)
[アクセスマップ]

費用:無料

内容:オープンソースに関する最新情報の提供
・展示 – オープンソースコミュニティ、企業・団体による展示
・セミナー – オープンソースの最新情報を提供

主催:オープンソースカンファレンス実行委員会

共催:日本工学院専門学校

企画運営:株式会社びぎねっと

Interbase With a Small ‘b’

Interbase With a Small ‘b’

Harrisonのはるかな回想

 

 InterBaseは、ひどいネットワークに接続されたすばらしく素敵なワークステーションという、Appolo社の事業の一つとして開始された。最初のリリースは、Apollo、Sun、HP/UX、VAX/VMS、Ultrixでサポートされた。他にも私の手を離れていくつかのOSでサポートされていた。そう、「InterBaseは元々からWindows/DOSのシステムだったんじゃないんですか?」という問いに対する答えは「No」なのだ。

 

 Interbase(小文字の’b’が入っている社名としての)はマサチューセッツ州ゴートンにある我が家の使われていなかった寝室で、ゴートン・データベース・システム社としてはじめられた。’gds’という略号とgで始まるユーティリティ(gfix、gpre、gbak)類はすべて、この頃からのものだ。3人の創立者は、それまでDECのRdbプロジェクトに参加していた。そのメンバーは当時も今も、Jim Starkey(ソフトウェアの設計及びコードのほとんどを書いた)とDon Depalma(ドキュメンテーション他を担当)、そして私、Ann Harrisonだ。私は他所で働いて給料を稼いで、なんとか皆が飢え死にしないようにしていた。1984年当時のことだ。

 

 システムのリレーションとAPIはDECのリレーショナル・アーキテクチャーに基づいていた。それは、リレーショナル・データベースの標準としてプログラムからプログラムへと受け継がれている優れた手法だ。それは拡張性があり、SQLとQUEL、DEC風味のリレーショナル言語をサポートしていた。その設計はマルチ・データベース・プログラムを大変シンプルにしていて、分散処理のための良い手法を提供していた。これだけでは、言葉が足りないかもしれない。言い換えれば、どちらにしろ、システムにおけるリレーションはRDB$XXXであるというわけだ。

 

 1986年に、我々は(今では創立者は7名になっていた)アシュトン・テイト社に株式を売却した。アシュトン・テイト社は大企業だったので、我々は信用と資金を手に入れた。そのため、我々は「あんた誰?」という疑問と、さらに人を雇うだけの収益を生み出せるようにするためのマーケティングの人材を雇うに十分な金が無いという2つの障害を乗り越えることが出来た。

 

 しかし悲しいかな、アシュトン・テイト社はInterBaseを本当に愛していたので、より大きくなるデータベース企業に投資することにし、サイベース社にも投資することに決めたのだった。(最悪の日)その時点で、彼らが我々に望んでいることはよりグレートになることだった。dBaseやSybaseのように。そしてすべてにおいてそれらより明らかに速く動作することを求めたのだ。エンジニアリング・リソースが枯渇していると言及することが必要だった。

 

 アシュトン・テイト社の見事な経営は、彼等を死のスパイラルに陥れた。その頃、彼らとの契約において、アシュトン・テイト社は丸ごと全部を買い取って、買値で売り戻さなくてはならないと言う両方を定めた条項が削除されたのだ。彼等は買収をしたが、Jimは社長として最後に自分自身を解雇してしまった。その時、辞めたのは彼一人だった(我々は約65人になっていたが)。

 

 それからほんの少し後(1992年)になって、ボーランド社がアシュトン・テイト社を買収した。ボーランド社は自家製の技術が必要だと決定したので、社員の約1/3-ほとんどの上級技術者を含んでいた-をスコット・バレーに異動した。サポート関連の上級社員のうち何人かは西部へと異動させられた、そしてほとんどの地方販売事務所はそのままにしておかれた。

 

 ボーランド社が得たものは、大変洗練されたデータベース-ほとんどのUnixを含む、1ダースものプラットフォーム上で稼動する-であった。PCシステムでサポートされているのは、SCO/UnixとOS/2だけであった(アシュトン・テイト社が実際に見事な経営を行ったと私は述べたかな?)

 

 国際化はすこぶる原始的なものだった-8ビットのキャラクタを格納した場合、通常の場合それを2バイトへ拡張することは出来なかった。システムはストアド・プロシージャ-をサポートしていなかった-我々は埋め込みSQLやダイナミックSQLの方がストアド・プロシージャーよりも速いと評価していたし、そう感じてもいたためだった-プリ・コンパイルによって増加する時間と最適化によって増加する時間は、最適化とコンパイルのどちらが時代の流れにふさわしいのかを見極めるために時間を費やすほどのものではなかった。

 

 ボーランド社で、ストアド・プロシージャ-に急に光があたったのは速度の点からではなく、主にカプセル化のためであった。私がいいたいことは、私が会社に残ろうと決めた後で多くの良い出来事があったということだ。

 


旧Firebird日本ユーザー会サイトから移行した過去記事です。内容は当時の記録です。記事内のリンクなどはリンク切れなどにご注意ください。

過去記事掲載時URL(閉鎖予定):http://tech.firebird.gr.jp/firebird/index.php?firebird_xsite=127

As Jim Starkey remembers it

As Jim Starkey remembers it

-Jim Starkeyによる回想-

私は1984年のレイバー・デイ(訳注:9月の第一月曜日)の直後の週末にその会社を設立した。私はほぼ10年間DECに在籍していて、よくしてもらっていたが、私の方はそれほど良くは思っていなかった。私は、自分が不幸の星の下に生まれたんだったら、他の誰かのせいじゃあなく、自分自身の失敗によって苦労する方がましだと思っていた[1]。

私達の会社は当初、ちょうど私がマサチューセッツ州ゴートンに住んでいたので、ゴートン・データベース・システムと名乗った。ユビキタスな「gds」というのは、そこからきているわけだ。私達がその名前で会社を始めたのは別に何かの意図があったというわけじゃあない。他に三つほどカッコいい名前を思いついたんだが、商標検索で引っかかってしまったし、調査会社にそれ以上代金を支払うのが嫌になってしまったので、そんな名前になったというわけだ。

私は一人ぼっちで仕事を始めたが、すぐにDon DePalmaが合流してきた。それからシャム猫が2匹、カサンドラとヘクターもやってきた。DonはずっとDECでいっしょにやってきたダチだったが、あろうことか猫が大っ嫌いだった。私はコードを書きつづけ、Donはドキュメントを書いた。ヤツは猫をなんとかバルコニーへ追い出そうとしていたが、そいつは無駄に終わった。

私達の最初の大きな契約がアポロ社との間で結ばれた。当時アポロ社は独自ブランドの製品をほしがっていて、それが徐々に我々の耳に入るようになり、そしてデカイ小切手を送ってよこした。

アポロ社は、私が裏切らないように、カミさん(Ann Harrison)を人質にとった。私は、作業開始後約一年後に最初のベータバージョン(まあまあの出来。Virginiaと呼ばれる)を引き渡した。

社外ベータバージョンがうまくいった後で、アポロ社は内紛に喘いでいた。組織は再編され、新しい社長が決まり、事業計画は一新された。そして結局、独自ブランドのソフトウエア事業からは手を引いてしまった。我々は指を加えて見ているしかなかった。

Annはアポロ社のDave Rootというヤツと仕事をしていた。内紛の後で、彼は自分が窓際に追いやられているのを知って、ゴートン・データベース・システムへと亡命してきた。アポロ社の連中が善良な人々になったと言うわけじゃあなかったが、とにかく連中はAnnを人質の身分から第三者を介して解放してきた。Annもすぐに合流したのは言うまでも無い。

Don、Ann、Dave、猫のヘクターとカサンドラ、それに私はリーディ・メドウ・リサーチ・センターとして知られるようになるモノを作りあげた[2]。我々は家を追い出されてしまったので、マサチューセッツ州ティンズボローのピザ屋の上に事務所を借りて移転した。ピザはマズかったが、とにかく我々は家を出たわけだ。

我々は次の手を打った。別のDECのダチをだまくらかして合流させた。キャサリン・サリバンはサポートの親玉として、ラリー・ワインシュザック(ラリー・ウィグル)を営業部長として、さらにマギー・ヒンクルをその他すべてのことにあたらせた。我々は7名になった。

次に、社名を変更することになった。我々は、自分達のいいと思う社名をリストアップした、aから一つ、bから一つ、そしてInterBaseに行き着いた。DonとAnnは私の反対を押し切って、社名はInterbaseで製品はInterBaseであるというあほな図式を作り上げた。ようやく我々は、エスター・ダイソン社というあてにならない投資家を得ることになった。

仲良く出来たと言うことはアドバンテージだったが、たいして金にはならなかった。我々はさらにパートナーとなってくれる投資家を探し回った。我々はコグノス社を見つけ、同時期にアシュトン・テイト社が我々を見つけた。カリフォルニアの×××[3]がまぶしかったが、我々はアシュトン・テイトとやっていくことにした。我々はすぐにも審査を通ることを期待していた。我々は、かの奇妙な土地、カリフォルニアで、この審査を通るのに2年もかかるとは知る由も無かった。

アシュトン・テイト社は1991年に、企業買収の権利を行使した。アシュトン・テイトはInterbase社をそのままそこに残して、新しい社長を据えることを計画した。(私はアシュトン・テイト社の社長との哲学上の相違によって、舞台を降りた。あるいは、家族と一緒に過ごす時間を増やしたかったからなのか?あるいは、別のことに興味が移ったからなのか?)いずれの場合にしろ、私のとった最後の事務手続きは、離脱同意書の両面にサインをすることだった。

この買収のちょっと後に、ボーランド社がアシュトン・テイト社を、つまりそれゆえInterbaseをも買収した。しかし、そんなことではもう何も変わらなかった。


[1] 回りくどい言い回しなんですが、独立志向が強かったと言う意味でしょう。

[2] 自宅がめちゃくちゃになったので追い出されたと見るべきか?

[3] 原文では***です。本当に伏字なんです。


旧Firebird日本ユーザー会サイトから移行した過去記事です。内容は当時の記録です。記事内のリンクなどはリンク切れなどにご注意ください。

過去記事掲載時URL(閉鎖予定):http://tech.firebird.gr.jp/firebird/index.php?firebird_xsite=126